サイズ(外寸) / 重さ
短冊掛け:約48x20x高さ5cm/200g
木灰取り:約33x34x高さ10/200g
五升:約40x48x高さ12cm/420g
一斗:約60x58x高さ16cm/590g

昭和30年代、秋田県内でわかっているものだけでも7箇所でそれぞれ箕が作られていました。それぞれの地域で近くの農家に対して、取りやすい材料で使いやすい形の箕を作っていました。
その中でもこちらは現在の秋田市の太平黒沢地区で作られている太平(おえだら)箕です。元々は「大江平箕」と書きました。その美しい白さが目を惹きます。
使い方としては稲刈りした後の脱穀や選別の工程で使うことが多かったようです。
脱穀した籾(もみ)とごみや塵を分けるため、ふるって飛ばすために使ったり、米選機(べいせんき)による選別の時に下において受けたりしていました。また、その受けたものを米俵や米袋に入れるために運んだり、じょうごを使って移したりしていました。

このページでご紹介するのは4種類です。どれも基本的な作りは同じです。
縦に藤(ふじ)の蔓を使っていましたが、現在は、材料採取が困難となり、ヤマウルシを代用しています。横にイタヤカエデを使用しています。ヤマウルシ、イタヤカエデは丸太から割っていき、それをテープ状にしたものを使用しています。
きれいに面取りされたイタヤカエデとヤマウルシがよくかみ合い、入れた穀物が詰まったり、漏れないよう、しっかりとすき間を埋めています。先端部分もピシッときれいに決まっています。
奥の方には、桜の皮の補強が入っています。また、これは補強であり、デザインであり、作った人がわかる印とも言われています。内側の角は箕の作り方に特徴的な、正面と側面をあじろ編みで縫い合わせる部分が見えます。
背面も同様に美しいです。茶色く見えるのは、藤の枝の芯の部分に時々出る自然の色ですが、現在はヤマウルシのため、真っ白です。
縁は2本の根曲竹が使われています。その2本の根曲竹で編み目を挟む形です。
そして、イタヤカエデでぎっちりと巻いていきます。これは背面の部分です。手で持つようなところは全て、すき間なく巻いていきます。先端部に行くと、根曲竹が見えます。それでは、4タイプを順番にご紹介していきます。
まずは、一番大きな一斗箕(いっとみ)と言われるサイズです。
農家で一番多く使われていた、基本の大きさがこのサイズです。お米が一斗(約18kg分)ほど入る大きさです。一斗箕25枚=1行李(こうり)という単位で呼び、納めていたそうです。
続いて、五升箕と呼ばれる2番目に大きいサイズです。一斗サイズは農家の収穫時に業務用としての使われ方が多いですが、五升サイズは一まわり小さい分、家庭内での仕事で使うことが多かったそうです。
家で味噌づくりをするために大豆をふるって選んだり、運んだり、小豆の選別で使用したり、麹を広げるのにも使われていたとのことです。その他、餅つき等の際に使ううるち米を選別したり、運んだりもしていたとのことで、当時の各家庭においてはこちらもよく使われていたサイズです。
次は「木灰(あく)取り箕」という少し変わった名前のタイプです。名前の通り、木灰(産地では「あく」と呼びます)を取ったり、運んだりするのに使われていたとのことです。
現在の秋田県南部の由利本荘市亀田地区で作られていた「ぜんまい織」では、草木染の媒染(ばいせん)剤として木灰が使用されていたようで、その木灰の運搬や流し込みにこの箕のサイズを使っていたため、産地でこの名がつきました。ご家庭では冷蔵庫に入れない根菜類や果物を入れておいてもよさそうです。
鮮やかな野菜の色がよく映えそうです。
最後は「短冊箕(たんざくみ)」と呼ばれるものです。こちらも名前の通り、俳句などをしたためた「短冊」を飾るために特別に作られたものです。
横の材料はそのときの材料の状況によって、イタヤカエデを使用したり、ヤマウルシを使用したりしています。縦は他の箕と同様に藤を使って編んでいます。壁などにひっかけるための上部にある紐も、藤の蔓をよって作られています。長さのある他にはない形なので、ハーブ類の収穫や折り曲げずに運びたい植物の運搬にも使われています。
短冊を挟むために根曲竹を短く細工したものが上下にあり、挟めるようになっています。また、縁には、桜の皮も挟み込まれています。農家仕事をせずに、箕づくりだけで家族を支えてきた
この職人さんが作る太平(おえだら)箕はとにかく丈夫で美しい仕上がりです。
写真:灰汁取り箕箕は福をすくう縁起物とされています。
農業をされていなくても、壁に飾るだけでも大変味わい深いものがあります。
実用では、穀物はもちろんのんこと、庭仕事では収穫物を投げ入れたり、
運搬したりや選別したりするときに重宝します。野菜や山菜を干すのもいいですよね。
お店をされている方は他にはないこの自然素材の白さで
食材をのせたり、陳列道具やディスプレイとしても目を引くことと思います。
実用にも飾りにも、どちらの役割でも不足はありません。
お好みのサイズをお選びください。

<秋田県の箕づくり>
昭和30年代には県内7ヶ所でそれぞれ独自の箕が作られていました。
・太平(おえだら)箕・・・秋田市周辺
・雲然(くもしかり)箕・・・角館市周辺
・心像(こころやり)箕・・・大仙市周辺
・摩当(まとう)箕・・・北秋田市周辺
・三ツ又(みつまた)箕・・・横手市周辺
・馬場目(ばばのめ)箕・・・五城目町周辺
・笹子(じねご)箕・・・由利本荘市周辺
秋田市の太平黒沢地区では、
昭和中期の最盛期には地区内の120軒が箕づくりに従事し、年間5万~7万枚を生産していました。
月間各世帯100枚は作っていたとのことです。
当時は県外の青森県の農協や山形県の養蚕業関係の方からも頼まれて納めていたこともあり、
県外からの収入はお米の次がこの箕だったそうです。
現在は太平箕(おえだらみ)と雲然箕(くもしかりみ)の2地区のみ、
作り手がおり、太平箕の作り手はたったお一人となっています。
サイズ(外寸) / 重さ
短冊掛け:約48x20x高さ5cm/200g
木灰取り:約33x34x高さ10/200g
五升:約40x48x高さ12cm/420g
一斗:約60x58x高さ16cm/590g

昭和30年代、秋田県内でわかっているものだけでも7箇所でそれぞれ箕が作られていました。それぞれの地域で近くの農家に対して、取りやすい材料で使いやすい形の箕を作っていました。
その中でもこちらは現在の秋田市の太平黒沢地区で作られている太平(おえだら)箕です。元々は「大江平箕」と書きました。その美しい白さが目を惹きます。
使い方としては稲刈りした後の脱穀や選別の工程で使うことが多かったようです。
脱穀した籾(もみ)とごみや塵を分けるため、ふるって飛ばすために使ったり、米選機(べいせんき)による選別の時に下において受けたりしていました。また、その受けたものを米俵や米袋に入れるために運んだり、じょうごを使って移したりしていました。

このページでご紹介するのは4種類です。どれも基本的な作りは同じです。
縦に藤(ふじ)の蔓を使っていましたが、現在は、材料採取が困難となり、ヤマウルシを代用しています。横にイタヤカエデを使用しています。ヤマウルシ、イタヤカエデは丸太から割っていき、それをテープ状にしたものを使用しています。
きれいに面取りされたイタヤカエデとヤマウルシがよくかみ合い、入れた穀物が詰まったり、漏れないよう、しっかりとすき間を埋めています。先端部分もピシッときれいに決まっています。
奥の方には、桜の皮の補強が入っています。また、これは補強であり、デザインであり、作った人がわかる印とも言われています。内側の角は箕の作り方に特徴的な、正面と側面をあじろ編みで縫い合わせる部分が見えます。
背面も同様に美しいです。茶色く見えるのは、藤の枝の芯の部分に時々出る自然の色ですが、現在はヤマウルシのため、真っ白です。
縁は2本の根曲竹が使われています。その2本の根曲竹で編み目を挟む形です。
そして、イタヤカエデでぎっちりと巻いていきます。これは背面の部分です。手で持つようなところは全て、すき間なく巻いていきます。先端部に行くと、根曲竹が見えます。それでは、4タイプを順番にご紹介していきます。
まずは、一番大きな一斗箕(いっとみ)と言われるサイズです。
農家で一番多く使われていた、基本の大きさがこのサイズです。お米が一斗(約18kg分)ほど入る大きさです。一斗箕25枚=1行李(こうり)という単位で呼び、納めていたそうです。
続いて、五升箕と呼ばれる2番目に大きいサイズです。一斗サイズは農家の収穫時に業務用としての使われ方が多いですが、五升サイズは一まわり小さい分、家庭内での仕事で使うことが多かったそうです。
家で味噌づくりをするために大豆をふるって選んだり、運んだり、小豆の選別で使用したり、麹を広げるのにも使われていたとのことです。その他、餅つき等の際に使ううるち米を選別したり、運んだりもしていたとのことで、当時の各家庭においてはこちらもよく使われていたサイズです。
次は「木灰(あく)取り箕」という少し変わった名前のタイプです。名前の通り、木灰(産地では「あく」と呼びます)を取ったり、運んだりするのに使われていたとのことです。
現在の秋田県南部の由利本荘市亀田地区で作られていた「ぜんまい織」では、草木染の媒染(ばいせん)剤として木灰が使用されていたようで、その木灰の運搬や流し込みにこの箕のサイズを使っていたため、産地でこの名がつきました。ご家庭では冷蔵庫に入れない根菜類や果物を入れておいてもよさそうです。
鮮やかな野菜の色がよく映えそうです。
最後は「短冊箕(たんざくみ)」と呼ばれるものです。こちらも名前の通り、俳句などをしたためた「短冊」を飾るために特別に作られたものです。
横の材料はそのときの材料の状況によって、イタヤカエデを使用したり、ヤマウルシを使用したりしています。縦は他の箕と同様に藤を使って編んでいます。壁などにひっかけるための上部にある紐も、藤の蔓をよって作られています。長さのある他にはない形なので、ハーブ類の収穫や折り曲げずに運びたい植物の運搬にも使われています。
短冊を挟むために根曲竹を短く細工したものが上下にあり、挟めるようになっています。また、縁には、桜の皮も挟み込まれています。農家仕事をせずに、箕づくりだけで家族を支えてきた
この職人さんが作る太平(おえだら)箕はとにかく丈夫で美しい仕上がりです。
写真:灰汁取り箕箕は福をすくう縁起物とされています。
農業をされていなくても、壁に飾るだけでも大変味わい深いものがあります。
実用では、穀物はもちろんのんこと、庭仕事では収穫物を投げ入れたり、
運搬したりや選別したりするときに重宝します。野菜や山菜を干すのもいいですよね。
お店をされている方は他にはないこの自然素材の白さで
食材をのせたり、陳列道具やディスプレイとしても目を引くことと思います。
実用にも飾りにも、どちらの役割でも不足はありません。
お好みのサイズをお選びください。

<秋田県の箕づくり>
昭和30年代には県内7ヶ所でそれぞれ独自の箕が作られていました。
・太平(おえだら)箕・・・秋田市周辺
・雲然(くもしかり)箕・・・角館市周辺
・心像(こころやり)箕・・・大仙市周辺
・摩当(まとう)箕・・・北秋田市周辺
・三ツ又(みつまた)箕・・・横手市周辺
・馬場目(ばばのめ)箕・・・五城目町周辺
・笹子(じねご)箕・・・由利本荘市周辺
秋田市の太平黒沢地区では、
昭和中期の最盛期には地区内の120軒が箕づくりに従事し、年間5万~7万枚を生産していました。
月間各世帯100枚は作っていたとのことです。
当時は県外の青森県の農協や山形県の養蚕業関係の方からも頼まれて納めていたこともあり、
県外からの収入はお米の次がこの箕だったそうです。
現在は太平箕(おえだらみ)と雲然箕(くもしかりみ)の2地区のみ、
作り手がおり、太平箕の作り手はたったお一人となっています。